師走の風物詩 「吉例顔見世興行」から

京の師走の風物詩「吉例顔見世興行」が南座で幕を開けました。歌舞伎は江戸時代に大成した日本の代表的演劇ですが、四條河原で出雲阿國が「かぶき踊り」を演じたことに始まります。南座は元和年間に公許された七座の一つですが度重なる火災などで他の櫓は殆どが消失してしまい幕末には北座と南座だけになりました。その北座も今は無く現在では南座が唯一の劇場となりました。さて今年の顔見世ですが、初日に思はぬハプニングがありました。それは夜の部の「実盛物語」の中で花道から登場する馬の足がつまずいて、しばらく動けなくなったことです。大事には至らず、最後は馬上の実盛と馬がコミカルな所作で観客を笑わせて幕となりましたが、舞台裏ではさぞヒヤヒヤものだったことでしょう。この日のハイライトは何といっても「元禄忠臣蔵」の大石内蔵助役の仁左衛門の名演技です。討ち入りの様子を問い質す幕府大目付の仙石伯耆守とのやりとりは感動の連続で台詞劇としても素晴らしく、感涙の舞台を盛り上げてくれました。なお四十七士は四大名家に分かれてお預けの身になりますが、舞台の頭数は見たところ33人~35名、凡そ10人位づつが皆と別れてゆく場面に、他人事ならず数合わせを心配しましたが、最後は内蔵助が単身で登場して息子主税に「かねての父の言葉忘れぬな」と諭す場面で無事お開きとなりました。 

 「顔見世を見るため稼ぎ溜めしとか」 (高浜虚子)

阿國歌舞伎発祥地の碑 (南座の西南側)

出雲の阿國は四條河原で先鋭的な、伊達男風の扮装で「かぶきをどり」を披露して喝采を浴びました。四條大橋の北東にあるこの像の左肩には柳の枝が垂れて風情がありますね。

南座正面に掲げられた役者名の「まねき」と「京提灯」

新調した舞台のつづれ織の緞帳 「赤地草花連紋」

sakuragai6 の紹介

京都を愛する、ロマンティストの男性シニアです。
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師走の風物詩 「吉例顔見世興行」から への4件のコメント

  1. ヘルブラウ より:

    お久しぶりでございますす、
    年末の歌舞伎見学とはいいお時間を過ごされましたねぇ~
    出雲の阿国が歌舞伎の発祥人とは聞いたことがあるのですが、
    なぜに男性だけの歌舞伎になったのでしょうと今でも不思議に思っております。
    他の記事もこれから読ませていただきます・・・
     
     

     

  2. sakuragai6 より:

    ヘルブラウ様
    こちらこそ御無沙汰しています。 出雲阿國が京都で始めた「かぶき踊り」を真似た遊女歌舞伎や若衆歌舞伎が盛んになったのですが、風俗取り締まりを理由に幕府が禁止をしたのです。そのため以後は成人男子の役者による野郎歌舞伎に代わったのです。 なお新しくできた「なう」もクリックしてご笑覧ください。

  3. 2日に初めて顔見世を観る機会に恵まれました。夜の部でしたが、同じようなハプニングがありました。菊五郎と子役が馬に乗った処で、馬が崩れ落馬。黒子2人が必死に立て直し菊五郎一人が馬に乗り花道を下がりましたが青ざめて苦悶の表情でした。今日は12月14日ですが、仁左衛門の内蔵助は宜しゅうございました。松嶋屋!でも関東とは、掛け声の掛け方も微妙に違うもんだなあと感じました。なにしろ中学生の時以来ですから40年以上ぶりの歌舞伎でした。
     

  4. sakuragai6 より:

    Mitsuo Sakakibara様
    お久しぶりです!そうですか、でもそんなことがあるのですね!!
    26日まで、まだ2週間ちかくの公演日が残っていますので大過なく
    続けて観客を楽しませてもらいたいものです。 私も筋力の低下を
    防ぐためにもっと鍛え直さねば。

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