細川家の至宝展から  ~京都国立博物館

細川家は清和源氏の流れをくむ足利氏の一族ですが、京都とのゆかりも深く、初代藤孝(幽斎)が織田信長のもとで頭角を現したのが、長岡京市の龍寺城(勝龍寺城)を居城にしていた時で、丹後国12万石を領しています。また長男の忠興(三斎)も信長の武将として活躍。本能寺の変では妻ガラシャの父・明智光秀に与せず秀吉に仕えました。幽斎は古今伝授の継承者、忠興は千利休の高弟として、ともに文武両道の誉れ高い人物です。また菩提寺も建仁寺の塔頭・源院(現在の正伝永源院)でした。永青文庫は昭和25(1950)年に第16代当主の細川護立によって設立されましたが、文庫の名前は、両者から最初の一文字をとったそうです。前期(平成23年10月30日まで)は細川家に伝来の美術品や歴史資料が中心の展示ですが、印象に残るものの中から二つ取り上げてみました。 ①「時雨螺鈿鞍」(国宝) 鞍は実用的な道具ですが、武士の美意識が表現される品物でもあるようです。慈円僧正の歌“わが恋は松を時雨に染めかねて真葛原に風さわぐなり”を題材にして、絵柄の中に「恋」「.時雨」「染」「真」「原」などの文字が散らばっています。 ②能面 “猿に始まり狐に終わる” これは狂言師の修行の過程を表現したもので、「靱猿」の猿役で初舞台を踏んだ狂言師が「釣狐」という狂言の狐役を演じて初めて一人前になるという意味だそうです。翁や猩猩の面にならんで演技の熱が伝わってくるような猿と狐の狂言面でした。

時雨螺鈿鞍 (国宝)  (絵葉書より)

前期は10月30日まで、後期は平成23年11月23日まで。(パンフレットより)

sakuragai6 の紹介

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