雀の寺  ~更雀寺(きょうしゃくじ)

岩倉から鞍馬に向かう道筋、京都精華大学の近くに、通称すずめ寺があります。お寺の前身は桓武天皇の勅願で延暦12(793)年に建立された勧学院。いろいろと経緯を経て昭和52年に四條大宮から現在地に移転しました。ふたつのポイント①雀塚  門を入った正面に東北の地で亡くなった三十六歌仙の一人、藤原実方(さねかた)の霊を慰める雀塚があります。話は平安時代にさかのぼり、一条天皇の御世に藤原実方は和歌のことか、あるいは恋人の清少納言のことで藤原行成と口論となり、行成の冠を打ち落とします。この無礼が天皇の耳にも入り、奥州・陸奥守に左遷され、望郷の思いを残したまま亡くなりました。ある日、藤原家の私塾・勧学院住職の觀智上人の夢枕に一羽の雀が現れ「私は実方である。わが身は陸奥で没したが、魂は雀となって、都に戻ってきた。私のためにお経をあげてもらいたい」と訴えたそうです。翌日に上人が境内の林の中で死んでいる雀を見つけ、塚に埋めて、ねんごろにその霊を慰め、勧学院の名も雀にちなんで更雀寺と改めたそうです。なお、徒然草(第67段)に登場する上賀茂神社の末社「橋本社」には、藤原実方が衣通姫(そとおりひめ)とともに和歌・芸能上達の神として合祀されています。  ②桶取地蔵 境内の地蔵堂に安置されている地蔵菩薩に白拍子・照子(生まれながらにして左手の指が三本しかなかった)が来世は障害のない人間に生まれますようにと、毎日祈願し桶に水を汲んではお供えしていたそうです。実はこの霊験談を潤色して狂言化したのが壬生狂言の重要な曲目「桶取」なのです。

   

更雀寺 (住所 左京区静市市原町738の1) 非公開寺院

雀塚 (檀家が収めた陶芸の雀があちこちに見られます)

桶取地蔵,写真は「京のお地蔵さん」(京都新聞出版センター)をお借りしました)

上賀茂神社の末社「橋本社」 (徒然草では兼好が神官を呼び止めて、この社の場所を尋ねている)

sakuragai6 の紹介

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