大仏七不思議から ~烏寺など

方広寺の周辺にはいろいろな話が残っていますが、なかには跡形もなく幻の伝説になっているものもあります。 以下に現存の四題を取り上げてみました。

①淀君の幽霊  豊臣家を滅亡に導いた「国家安康・君臣豊楽」の大梵鐘の内部に白い雲のようなものがあり、人のように見えるのは淀君の怨念が幽霊になって残ったものといわれています。(方広寺の場所は東山区大和大路七条上る)

②泣石  大仏殿石垣の北の端にある巨石で前田家が奉納したものですが、巨石が元の場所に戻りたいと夜な夜な泣いたとの言い伝えから泣石と呼ばれています。

③耳塚(鼻塚)  方広寺の境外の南西にある供養塔で秀吉が朝鮮半島に侵攻した文禄・慶長の役に敵の耳・鼻を切り取ってここに埋めて供養したところといわれています。

④烏寺  寺伝によれば、昔、専定という旅僧が、このあたりの松の木陰で休んでいると、二羽の烏が梢に止まり「今日は蓮生房(熊谷直実)の極楽往生の日である」と語り合っているのを聞き、不思議に思って見上げると、烏は熊野権現の姿となり、南の空へ飛び去ったそうです。そこで専定法師は不思議な因縁と思い、この地に草庵を結んだのが当寺の起こりといわれています。(烏寺の場所は東山区正面通り東入)

方広寺の梵鐘の外側、家康が難癖をつけた文字が右下に「国家安康」左上に「君臣豊楽」と読める。

梵鐘の内部、中央に写る不気味な映像が淀君の怨念(幽霊)という。

夜な夜な泣いたという泣石、前田家が巨石の出費に悲鳴をあげたのかも。

耳塚(鼻塚)、方広寺の南西にある供養塔

専定寺(烏寺)の石標、烏の絵と寺の文字の組み合わせが面白い。

烏寺の入り口、左右の塀の瓦にポーズの異なる二羽の烏がいます。

sakuragai6 の紹介

京都を愛する、ロマンティストの男性シニアです。
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大仏七不思議から ~烏寺など への2件のコメント

  1. nahoko sintani より:

    こんにちは 毎日 暑いですね。
    早速「利休にたずねよ」購入いたしました。
    面白いですね。美術館や博物館に行くたびに 美しいとはと いつも思っておりました。 特に 感性に訴えかけるものは 理屈で 説明できない。
    いいもんはいいでよい。 説明できなくてよい。
    外国の美は結構説明できる。だからややこしい。
    金の茶室は利休のアイデアなんだ。もう一度偏見なしで金をみてみます。
    感性も気持ちもとても大切なものなんだけど現代人にとっては 難解で説明できないものになってきています。
    面白い本を紹介くださりありがとうございました。

  2. sakuragai6 より:

    nahoko sinntani さま
    本当に暑い!これから本格的な夏場での、電力不足が心配ですね。
    「利休にたずねよ」は2年前に直木賞を受賞した小説ですが、私もすっかり引き込まれました。美を追い求める利休の姿が鮮やかに描かれていますね。 余談ですが私のブログの「自己紹介」の中に書いた引用文は296頁です。そういえば今夜のNHKの大河ドラマ「江」も利休切腹の命が下る日でした。

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