首塚が発信する怨霊の世界  五題

京都は街の中心部をちょっと歩くだけで血の煙が立ちのぼってくるようなところが多いですね。本能寺、二十六聖人、新撰組など・・・。今回のテーマの首塚戦場で亡くなった人や裁かれた人の首を埋葬して弔い,荒ぶる神にならないよう祀った塚ですが、社寺の境内に祀られているものから選んでみました。

①豊臣秀頼  (清涼寺)  昭和55年、大阪城の三の丸跡地の発掘現場から出土した豊臣秀頼公の頭骨を当寺に祀ったもので、首に介錯の跡があるそうです。  

②新田義貞  (滝口寺)  南北朝時代の武将。後醍醐天皇の挙兵に応じて鎌倉を落とし幕府を滅ぼしたが、足利尊氏と対立して敗死。三条河原でさらし首になっているのを妻の勾当内侍が庵を結んだものです。

③木曽義仲  (法觀寺)   源義経・範頼との戦いに敗れ近江の粟津で討たれた義仲の首は、六条河原でさらされた後、法觀寺(八坂の塔)の境内に葬られたそうです。

④楠木正行  (宝筐院)   南北朝時代の武将・楠木正成の長男で父の死後、南朝軍の将として活躍し.四條畷の合戦で高師直の大軍に破れ討ち死。人知れず埋もれていたのを北垣知事の肝いりで石碑を建立した。

⑤平将門   (神田明神)  平安中期の武将、東国に独立国家の野望を抱いたが天慶の乱の後、平貞盛らに討たれた。将門の首級は平安京まで送られ獄門にかけられたが、空也上人が首をさらされた地に堂を建て供養した。いまは下京区の狭い路地の中の民家に小さな祠が祀られています。

豊臣秀頼の首塚(清涼寺本堂の西隣)右京区嵯峨釈迦堂

新田義貞の首塚(滝口寺の入り口を入ったところ)右京区嵯峨

亀山町、左側には勾当内侍の供養塔があります。

木曽義仲の首塚(八坂の塔の東側)東山区清水八坂上町

宝筺院(ほうきょういん)境内西側、(住所)右京区嵯峨釈迦堂、

隣には自身の希望による足利義詮の墓所があります。

平将門が祀られている京都 神田明神

(住所) 下京区綾小路通西洞院東入   

sakuragai6 の紹介

京都を愛する、ロマンティストの男性シニアです。
カテゴリー: 墓石, 寺院, 神社   パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>