嵯峨  法然寺

寺名は似ていますが鹿ケ谷の法然院ではなくて、嵯峨の法然寺です。円光大師(法然上人)二十五霊場の第19番札所になっています。建久8(1197)年に源氏の武将・熊谷次郎直実が法然上人の弟子となって出家した後に、両親の菩提を弔うために創建した浄土宗のお寺です。戦国の武将であった直実が、一の谷の合戦で、自分の息子と同年代の少年だった平敦盛を心ならずも殺したというエピソードは有名ですが、唱歌“青葉の笛”でも歌われています。この哀しい出来事などで、世の無常を感じた直実は出家し、蓮生坊(れんせいぼう)という名前の僧侶として自分の全財産を慈善事業になげうっています。本尊は法然上人の自作尊像(肉牙の舎利とともに非公開)で蓮生坊像、平敦盛像や直実の鎧で作ったという灯篭などがあります(金戒光明寺には鎧掛けの松)。なお現在地に移転する前の場所(中京区錦通り烏丸東入る)には元法然寺町の地名が残っています。

法然寺の入口の門 (屋根には熊谷氏の家紋の鳩が左右にあります) 

「場所」  右京区嵯峨天竜寺立石町1  

直実の「鎧」で作ったという灯篭が二基、天井から吊り下がっています。

法然上人のお墓、内部には肉舎利(歯)が埋葬されている由。

知恩院、金戒光明寺,光明寺の4箇所のお墓のひとつです。

sakuragai6 の紹介

京都を愛する、ロマンティストの男性シニアです。
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