焼けて口開く「蛤御門」

「蛤御門」は京都御苑の烏丸通りに面してあります。門を入ると大きな松の木があり、右手には桃林や梅林が四季を彩っています。もとは新在家御門と呼ばれ常に閉ざされていたのですが、江戸時代の大火の際に初めて開門されたことから、「焼けて口開く蛤」にたとえられて、「蛤御門」と呼ばれるようになりました。また幕末には長州軍がこの付近で御所を守る会津、薩摩、桑名藩の連合軍と激戦を交えています。この戦いが有名な禁門の変(蛤御門の変)で門の梁(はり)には、いまも鉄砲の弾痕と思える傷が残っています。ここで問題は、大火とは,宝永の大火(1708)のことか、あるいは天明の大火(1788)を指すのかで、意見が分かれることです。公的な記述ではありませんが、江戸時代の随筆に“新在家口の門は宝永5年の火の後に開きたる”との記述があるようです。さて「蛤」の洒落はなかなか気がきいていますが、「焼蛤」は桑名藩の名物料理でもありますね。

 蛤御門 (幕末にはもう少し東側にあったようです)

 「蛤御門の変」の鉄砲の弾傷が数箇所に見られます。

 本場、桑名の焼蛤です。(その手は桑名の焼蛤)

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焼けて口開く「蛤御門」 への2件のコメント

  1. nahoko sintani より:

    ありがとうございました。
    あだなが付いた門の名前が今まで脈々と言い伝えられているなんてすごいです。
    よほど印象的だったんでしょうね。
    火事もすごかったんや・・・・・。

  2. sakuragai6 より:

    nahoko sintaniさま
    ちょっと面白いのは、確か古い駒札には、宝永の大火(1708)で門が開いたと明記されていたと思うのですが、現在の駒札は位置も移動して、「江戸時代の大火」という表現に変わっていることです。 きっと歴史に関心が高く、こだわりの人が多いということではないでしょうか。

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