御寺(みてら)と夢の浮橋跡

東山三十六峰のひとつ,月輪山にたたずむ泉涌寺は、800年近くも変わることなく全域が

パワースポット的な雰囲気を保っています。当寺は承久元年(1219)に開山の月輪大師俊芿

(しゆんじょう)が大伽藍を造営する時に境内に新しい泉が湧き出たことにちなみ、それまでの

仙遊寺を泉涌寺と改めたようです。仁治3年(1242)に四條天皇が当寺に葬られてから、歴代の

天皇の御陵が営まれるようになり皇室の菩提所になりました。参道の入り口の西にある夢の浮橋跡

は泉涌寺に詣でる本道に架けられた橋で、古くから大路橋あるいは落橋と呼ばれていました。

夢の浮橋の名は源氏物語の宇治十帖にちなんで、浮世の無常が夢のごとく、また波に漂う浮橋の

ごとく、はかないものであるという例えに由来するそうです。

 御座所庭園 (東山を借景に御所風に作庭されたもの、

 雪見灯篭は仙洞御所から移され、桂離宮のものととも

 に双璧と云われています)

 右手前は泉涌水屋形(水源地)と左奥は清少納言の歌碑

  “ 夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ”

 “ 

   夢の浮橋跡  “ことはりや 夢の浮橋心して 還らぬ御幸

   志ばし止めむ”  道円 (泉涌寺の僧)

sakuragai6 の紹介

京都を愛する、ロマンティストの男性シニアです。
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御寺(みてら)と夢の浮橋跡 への2件のコメント

  1. ヘルブラウ より:

    ご無沙汰しておりますうちにすでに年果月となっており、
    また年月の過ぎる速さが身にしみる今日このごろです。
    夢の浮橋とは架空の橋だと想っていましたが、
    実際に存在する橋だったのですねぇ~・・・
     
    ところで私ブロ愚で開催のヘルブログ紅白歌合戦の
    関西地区の審査員にお断りもなく抜擢しております。
    お時間がありましたら覗いてみてくださいませ!

  2. sakuragai6 より:

    ヘルブラウ様
    はい。 橋の長さは4間(7.3m)、巾2間1尺(3.8m)で、川は泉涌寺の山を源として最後は鴨川に流れ込んでいたようです。 今は暗渠になっていて流れはみえませんが・・・
    こちらこそご無沙汰しています。

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