知られざる古刹ながら・・

 地下鉄烏丸線の九条駅のすぐそばに、真言宗泉涌寺派の城興寺というお寺があります。平安時代

後期の太政大臣・藤原信長の邸宅を寺院に変えたものですが、ここには城跡と医療施設という二つ

の貴重な遺構があります。前者は周辺道路の発掘調査で、室町時代後期の濠跡が発見されてい

ます。度重なる戦乱から自衛の必要に迫られたお寺が城を築いていたのでしょう。また後者は聖武

天皇と光明皇后が創始した医療と施薬の施設で、今日で言えば病院と福祉施設を合わせたような

ものです。本堂の前に建つ稲荷社の扁額には、「薬院社」と記されていますが、元の名は施薬院

稲荷です。明治時代の廃仏毀釈で廃止の危機に瀕した時、地元民の熱意によって、城興寺の

陀枳 尼天堂に合祀されて事なきを得ています。一見なんの変哲もない祠ですが、貧民や孤児の

保護にも手をさしのべた、施薬院の伝統を伝える貴重な遺構と言えます。

   城興寺の本堂 (洛陽33所観音めぐりの第22番札所)

   施薬院稲荷・薬院社(病気平癒と夫婦円満の稲荷)

 摂社の次郎吉稲荷 (唯一の願いだけ叶えて貰えるという)

sakuragai6 の紹介

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知られざる古刹ながら・・ への2件のコメント

  1. ぽん より:

    このあたりは、何か用事がないと行かないところなので、見すごしがちですね。史跡自体も、観光としては見るべきものがない感じですし。
    そうやって、貴重な場所がだんだん失われていくんでしょうねぇ。

  2. sakuragai6 より:

    ぽん様
    仰るとおりですね。 いずれ取り上げ予定の悲田院の場合は、身寄りのない老人や子供を収容する施設として設けられたのが始まりなのに、最近は市内の夜景がウリになって観光寺院化の感じです。 移転の場所が恵まれたということでしょうか。

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