牛若丸の産湯井は二つある。

牛若丸が誕生の際に使用した井戸と彼の胞衣(えな)塚は北区紫竹牛若町の畠の一画にあります。

口碑によるとここはもと父・源義朝の別業地といわれ、井戸は常盤御前が牛若丸誕生のときに産湯

に用いたと伝えられ石碑の側面には応永2年(1395)と書かれています。また200mほど南に下が

ったところにも源義経産湯ノ遺址と伝える石碑があります。この界わいには牛若丸と常盤御前に

関連の伝説が多く、近くの光念寺には常盤御前の守り本尊とつたえる腹帯地蔵もあります。

 牛若丸誕生井 (北区紫竹牛若町、船岡東通北山下る

 一筋目を東入る北側 上野信三郎さんの畠の中にあります。

        牛若丸胞衣塚 (場所  仝上)

 

    源義経の産湯井ノ遺址 (紫野上野町南行きバス停の

  北の道を東に入った南側住宅地の中にあります)  

  光念寺の腹帯地蔵(北区紫野上野町150) 

sakuragai6 の紹介

京都を愛する、ロマンティストの男性シニアです。
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牛若丸の産湯井は二つある。 への2件のコメント

  1. ぽん より:

    めちゃめちゃ元地元です。
    たしか安産祈願のお地蔵様は常徳寺にもあったと思うんですが、このあたり、ほんまに牛若丸関連の伝説が多いですね。昔の感覚で言うと、鞍馬にも近いですし。
    こないだNHKでやっていた、歴史秘話の牛若丸の回が面白かったです。

  2. sakuragai6 より:

    ぽん様

    そうですか。ぽん様のかっての縄張りだったのですね。「常徳寺」も仰るとおりです。 「牛若」と同じくバス停の呼称にもなっているお寺ですが非公開のため今回は割愛させて頂きました。 なお紫野下築山町には常盤御前が化粧に用いたといわれる「常槃井」があったり、その横から民家の細い路地を入っていくと衣掛塚(常盤御前の着物が掛けられたとの伝承)とよばれる石塔などがあります。(不気味な廃材置き場のようなところですよ)また旧大宮北大路下がるの米穀店には「弁慶の腰掛石」など本当に盛りだくさんの遺跡ですね。

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