難読地名 (その3)  間人

「間人」は京都府京丹後市にあり、「たいざ」と読みます。 全国でも有数の難読地名として知ら

れています。  飛鳥時代に聖徳太子の母、間人(はしひと)皇后が仏教を巡る争いに巻き込ま

れ身の危険を感じ、自らの領地で大浜の里と言われたこの地に一時的に身を寄せられました。

戦いが終わって皇后が大和に帰還(=退座)されるときにこの地に自分の名前を贈られたそう

です。  しかし里人は「はしひと」と呼び捨てにする失礼を避けて”退座”にちなんで「たいざ」と

発音することにしたのが名前の由来です。 丹後半島の先端に近い間人港は京都府の最北の町

で冬期は間人ガ二(ズワイガニ)が、また夏季は海水浴と白イカの刺身が人気の的です。

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    日本海が広がる巨岩として有名な立岩のそばの砂浜

    に立つ 間人皇后と聖徳太子のブロンズ(高さ3.5m)

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  間人の名勝、城嶋 (城跡や神社があり周囲4キロメートル

  古くは浮嶋と呼ばれ日本海を航行する船の目印とされました)

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    松におおわれた風光明媚な城嶋。 浜の白砂に混じって

    「さくらがい」 も散見できます。

 

sakuragai6 の紹介

京都を愛する、ロマンティストの男性シニアです。
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難読地名 (その3)  間人 への2件のコメント

  1. 320 より:

    この辺りは、朝鮮半島にも近く大和朝廷には多くの朝鮮からの渡来人が
    いたと思われますが。

    最近、私は国籍よりもその人の人間性の方が重要に思えます。

    国粋主義なんかは大嫌い!

    シュバイツアー博士の「人間は皆、兄弟。」が大好きです。

  2. sakuragai6 より:

    320さま

    大和政権以前の古代丹後は大陸との関係を示す出土品や規模の大きな
    古墳が点在していますし、伝説や伝承の多い土地でも知られています。
    今後は洛中洛外だけでなく丹後地区を中心に京都府下全域にも目を向けて
    行きたいと思っています。

    ナショナリティーよりもヒューマニティー 全く同感です。

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