袈裟御前の伝説  恋塚寺

袈裟御前の物語は昔から貞女の鑑といういう意味で世に伝えられています。

北面の武士であった遠藤盛遠こと文覚上人に横恋慕され、その首をかき切られた悲劇の物語は

源平盛衰記やグランプリ映画「地獄門」などで広く知られているところです。  その袈裟御前の

菩提を弔うために建てたのが恋塚寺ですが、何故か恋塚が西に傾いています。   その理由は

鳥羽伏見の戦いのあと「盛遠も出家して偉い坊さんになったのだから」と上人の眠る高雄の方角へ

塚をむけて建てたのだそうです。  袈裟の霊が「今でも私を愛していますか」と問いかけているかの

ように。  本堂左には袈裟御前、夫の渡,文覚上人の木像が三体、真ん中には美しい阿弥陀如来

像が安置され、縁起絵巻などもあります。  なお名神南インターに近い交差点「赤池」の名は盛遠

が血刀を洗ってから池が赤くなったのが由来だそうです。

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      恋塚寺(伏見区下鳥羽城ノ越町)

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        西にやや傾いている恋塚

sakuragai6 の紹介

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袈裟御前の伝説  恋塚寺 への2件のコメント

  1. 320 より:

    坊主憎けりゃ袈裟まで憎い・・・・

    鳴滝で鳴ったのは

    「固く節操を守り」の御言葉は今の世では私語かと嘆く事が
    ドライバーしてると多々垣間見られて

    処で家のカミサンは袈裟なのか巴なのか、御前さま教えて下さい???

  2. sakuragai6 より:

    320さま

    古い川柳に次のようなものがあります。

      女には遠藤武者とあきらめる。 (遠藤=縁遠いの意味)

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