1 月 06

今年のNHKの大河ドラマ”天地人”がスタートしました。 主人公の直江兼続(なおえかねつぐ1560-1619)は織豊期・江戸初期の武将で上杉景勝の家老です。 天寧寺はこの直江兼続や京都所司代板倉勝重の援助で整備されました。 南北朝時代に楠木正成の八男、傑堂能勝和尚が会津城下に創建したもので文録元年(1592)に京都に移築されました。 現在の堂宇は天明の大火後に再建されたものです。 観音堂には後水尾天皇の念持仏と伝える聖観音像と東福門院の念持仏とされる薬師如来像を安置しています。 このお寺のビューポイントは山門からの景色です。 寺町通りに面した道路から山門を眺めると、遠くの比叡山があたかも額に入れたように見えるので「額縁門」と呼ばれています。(写真上) また境内墓地には江戸初期の茶人金森宗和や薩摩藩士の大半が学んだ剣道示現流の開祖、善吉和尚などの墓があります。 なお直江兼続にゆかりのあるお寺は他にもありますが、別途ご紹介をさせて頂きたいと思います。
(写真説明) 上は 「額縁門」
下は京都市の登録天然記念物「カヤの木」です。
(住所) 北区寺町鞍馬口下ル

1 月 8th, 2009 at 12:11 PM
さくらがい先輩。このページを借りて質問です。
千両と万両は、どうしてこう称せられるのでしょうか?下記サイト参照。
http://www.imagegateway.net/a?i=w1wjabz2r4
1 月 8th, 2009 at 9:31 PM
Mitsuo Sakakibaraさま
名前の由来は色々な説があるようですね。
千両は葉が小判に似ているからとか、赤い実が値千金だとか。
万両は実が千両にくらべて、やや大きいことから名前がついたなど。
また万両は垂れ下がり、千両は上向きに実がつくので万両のほうが重く
せんりょうは軽いなどです。 また差額の9、000両ではありませんが
百両,十両、一両もあるようですよ。
百両は唐橘(カラタチバナ)、十両は藪柑子(ヤブコウジ)一両は蟻道(アリドオシ)が別名で
百両は、葉が細長くギザギザはなく千両、万両よりも背が低く、十両は百両より
背が低く葉はギザギザがあり、藪の中に自生して葉の形が柑子みかんに似ていることから、
一両は葉の付け根に鋭いトゲがあり蟻をも刺し通すという意味からこの名前がついたそうです。
1 月 8th, 2009 at 10:08 PM
流石、千両役者のさくらがい先輩、恐れ入りました。
元旦にお客様をご案内中に「あの赤い実は何?」と聞かれ「知りません」と云ったら
傍らにいたご婦人が、千両と万両と教えて下さいました。
汗顔の至りでした。
百両,十両、一両もあるようですよ。へ~知らなかった。
でも知らないものは知らないと云うのが私の主義ですから。
寒いのは苦手なのは、さくらがい先輩と同じで、春が待ち遠しいです。
1 月 8th, 2009 at 10:44 PM
Mitsuo Sakakibaraさま
過分なおことばにあずかり恐縮です。
ここでもう一度、南禅寺山門の場のセリフを・・・
絶景かな絶景かな。 春の眺めは価千金とは、小せえ小せえ。
この五右衛門の目から見れば、価万両、万々両。
日も西山に傾きて、雲と棚引く櫻花、あかね輝くこの風情、
ハテ麗かな眺めじゃなア。
寒中とはいえ平野神社の櫻がただいま満開です。 「花なび」
もご覧ください。
1 月 10th, 2009 at 12:40 AM
昨年の篤姫も思いのほかよかったですね。篤姫はもちろん、小松帯刀の熱演にも心打たれました。調所広郷の死に様には鳥肌もんでした。
今年の主人公直江兼続の人選には拍手を送ります。漢(参照:北斗の拳)と呼びたい男です。
ただし昨年の成功に味を占めたか、あざとすぎるお涙頂戴には疑問を呈しておきます。女性には申し訳ありませが、漢の生き様を見せて欲しいで
1 月 10th, 2009 at 5:57 PM
yamanaさま
篤姫は私もつい引き込まれて、1年間ほとんど欠かさずに見ました。
北斗の拳は読んでいませんが、見る者に爽快感や感動を与える男。
熱く強い生き様を体現する者ですね。 今後の展開を見守って見ましょう。