7 月 06

六道珍皇寺のそばで販売されている「幽霊子育飴」はなかなか人気がありますね。   伝承では赤ん坊は成人して僧侶になったとするのが多いですが、この事件 (慶長4年、1599年ごろ) の後日談も珍皇寺の僧になったとか、あるいは日像上人になったともいいます。  暑い時期ですので、京都の葬送地の一つ蓮台野を舞台にした子育て幽霊の話をご紹介しましょう。  それは 『奇異雑談集」(貞亨4年、1687年刊行)に登場します。

『 播州橋崎の領主、橋崎国明が足利義満に召されて上洛し、蓮台野の近くに旅宿を構えた。 そして出陣中に懐妊していた

側室が出産を待たずに病死したとの悲報。 陣中のことゆえやむなく、蓮台野に葬らせ、せめてもの供養にと毎日3銭を貧者に

施していた。  やがて戻った橋崎が墓に詣でると地面の下から赤子の泣くこえが聞こえる。 不思議に思って近くの茶屋の

亭主に尋ねると1ヶ月近く前から幽霊とおぼしき女人が毎日3銭を持ってを買いにくるという。  急ぎ塚を掘らせると腐乱した遺骸の脇に元気な赤子がいた。  橋崎は茶屋の亭主に赤子の養育を託し自身は出家して、後に霊山正法寺の国阿上人になったという。 」  このケースは飴ではなく餅で育てられたことと、名僧になったのが赤ん坊ではないのがほかの怪談と異なる点です。

 (写真は作者不明の幽霊図)

written by sakuragai6