5 月 31

オルセー美術館が選んだ、画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの絵画約50点

と彼の息子で映画監督のジャン・ルノワールの映画作品を対比して同時に紹介

しています。

映画では『草の上の昼食」に見る少女の水浴シーンは樹木、草や川のカット

が實に美しく心が安らぎます。

会期中は1階の講演室で映画 『大いなる幻影』 「カンカン」 「恋多き女」 『ピクニック」

『小劇場」 などが無料で見られます.   ( 火~金曜日の毎日3回)

なお関連展示の4階コレクションギャラリーでも川端龍子の『曲水図」などの大作

が楽しめます。   (会期は7月21日まで  京都国立近代美術館 岡崎公園内)

写真は会場正面と3階から見た東山界わいで京都市美術舘、平安神宮鳥居など

です。

written by sakuragai6

5 月 27

  

 社殿の背後、松尾山の山頂付近には、巨大な岩石があります。

 これは古代の「磐座」で松尾大社の神を祀っていた神聖な場所です。

 往復約1時間の登拝道ですが、途中には眺望の素晴らしい場所があり

 大杉谷から湧き出て境内の霊泉「亀の井」の水源となる水元も見ることが出来ます。

 ほかに神社のチャームポイントとしては重森三玲の作庭による四つの庭園があります。

 一方,楼門のそばには、役目を終えた山吹の花に代わって珍しい「ブラッシノキ」が

 赤い花を咲かせています。   (オーストラリア原産で花は穂状で赤色のおしべが

 長くついてブラシのようです)

 「写真説明 」 上から蓬莱の庭、曲水の庭、上古の庭、(即興の庭は割愛)

 登拝道からの全景 ( 京都市内を西から、東方に向かって眺める )、ブラッシノキと花

 (場所  西京区嵐山宮町3 )

 

 

 

written by sakuragai6

5 月 26

          

 円山公園の南西にある大雲院は浄土宗の単立寺院で天正年間に織田信長・信忠父子の菩提を弔うため貞安上人が創建したもので供養塔があります。   本堂の背後にそびえる山鉾を模した祇園閣は江戸時代の実業家大原喜八郎が建てたもので鉾先には錦鶴が付いています。 ( 登録有形文化財)

楼上からの眺めは素晴らしく、草葉の陰から ” 絶景かな絶景かな・・・・” につづく名セリフが聞こえてきそうです。    お墓は境内墓地の西、土塀の前にあります。   辞世の句  ” 石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ ”   なお、富岡鉄斎など画家、文人のお墓も多くあります。  円山応挙は大雲院の歴代の住持の理解を得て ここをアトリエとして製作活動を行いました。

( 東山区祇園町南側 594-1  拝観は通常は事前申し込み制 10名以上 )

  特別公開期間  平成20年7月19日~9月30日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

written by sakuragai6

5 月 23

 

 今回は比叡山の横川から坂本に至る行者道を歩いてみました。

 下り坂とはいえ、素人には油断の出来ない山道です。

 この「油断」という言葉は、開創以来1200年間、油を絶やすことなく法灯を

 灯しつづけている根本中堂の『不滅の法灯」から来たものだそうです。

 横川中堂は新西国観音霊場の第十八番です。  また横川全域には西国三十三所の

 観音石仏巡りもできます。

 珍しい植物では「まむし草」との遭遇です。  また蛍のたまごなども見付けました。

 (写真上から「比叡山七不思議」の一つ総持坊の画像、 まむし草、

 山間から見る琵琶湖、おみくじの元祖、元三大師御廟です)

 

 

 

written by sakuragai6

5 月 18

p5190021.JPGp5190017.JPGp5190011.JPGp5190014.JPG

 宇多上皇の行幸のあった嵐山、大堰川の舟遊びにちなんで

 毎年五月の第三日曜日に、平安時代の船遊びが再現されます。

 さて藤原道長が大堰川に詩、和歌、管弦の三船を浮かべ風雅な遊びを行った際に

 いずれにも通じた藤原公任は,わざと遅れてやって来て、三船のどの船に乗るか迷った末

 に和歌の船に乗り込みました。

 ” 朝まだき嵐の山の寒ければ紅葉の錦着ぬ人ぞなき ”

 と詠み喝采を博しましたが、もし詩の船に乗り漢詩をつくればもっと名声があがったのにと

 公任自身は他の船に乗れないことを嘆いたと伝えられています。

 この故事から、どの道にも才能がある人のことを三船の才(または三舟の才)というように

 なったそうです。

  大堰川の舟遊を偲び御座船・龍頭船・,鷁首船など二十数隻

 がさまざまな古典芸能・芸術を奉納し嵐峡は船と人で埋まる賑わいです。

 ( 車折神社の例祭の延長神事で拝観者は約十万人に及びます )

written by sakuragai6

5 月 17

p1010012.JPG  p5180002.JPGp1010010.JPGp1010015.JPG  

  比叡山の横川から西塔まで尾根づたいに山道を歩くと、ほぼ中間の地点に玉体杉が

  あります。

 回峰行者はここで止まって、御所に向かい玉体加持(天皇のご安泰をお祈りする)

 をします。

 明治維新の先覚者、高山彦九郎が三条大橋から皇居を遥拝した時も、おそらく

 比叡や北山の諸峰を望んだことでしょう。

 でもここから見る雄大なパノラマは全くスケールが違います。

 また巨大な杉の根っことは、対照的に道の脇に可憐なカタクリが紫紅色の

 ユリに似た花を下向きにつけていました。

 1200年にわたる比叡山延暦寺の歴史のなかで49人しか果たせなかった

 荒行が千日回峰行です。   行者は白衣に蓮華笠、腰には死でひもと降魔の剱を

 つけ、わらじ履きで修行にはいります。

 ( 京都市内乗り場、JR京都駅前、京阪三条ほか比叡山行きドライブバス利用)

written by sakuragai6

5 月 15

p5130043.JPGp1010043.JPGp5130044.JPG  

  高瀬川を語るには3つのポイントがあります。

  ①高瀬川の数   ②川の名前の由来   ③高瀬舟

  森鴎外の小説や五木ひろしの演歌などにも登場する本命の高瀬川 (北は二条から

  南は十条までで鴨川に注いでいる)の他に、渡月橋の東から取り水し下鳥羽で鴨川

  に注ぐ西高瀬川、さらには十条から深草を経由して横大路で淀川(宇治川)に注ぐ

  東高瀬川の 3つがあります。

  川の名前は特異な高瀬舟を運行させたことから高瀬川と名ずけられました。

  (逆に受けとめられがちですが、 あくまでも高瀬舟が先にありき、なのです)

  高瀬舟は舟底が平たく、浅瀬の運行にも対応できるのが特長です。

  そう思って見ると「一之舟入り」に浮かんでいる舟( 写真左)は

  十石舟のようにも見えるのですが・・・・

  正面通りの近くには舟回し場跡があります(写真左から2つ目)

    その他は高瀬川のディベロッパーの角倉了以の屋敷跡(現日銀)などです。

 

 

                                                                                                                    

written by sakuragai6

5 月 14

p5140054.JPGp5140053.JPGp5140055.JPG 

  子供達だけでなく、大人も楽しませてくれる動物園の中に素晴らしい歴史の足跡

  が刻まれています。     

  それは猛獣の檻の向い側にある法勝寺 (六勝寺の筆頭寺院址) です。   

  六勝寺は藤原末期の院政時代に建立された六つの寺でそれぞれの

  寺名に勝の字がつくので、そう呼ばれています。   法勝寺は白河天皇の発願によって

  建てられた寺院です。

  かつて高さが80メートルを越える九重塔が存在していたそうです。  現在の動物園は

  そのほぼ南半分にあたるようです。   ちなみに動物園の総面積は約12300坪です。

  にらみのきく、ライオンやジャガーなどにしっかりと、ガードされているかのようですね。

  なお、思うようにならない例え ”鴨川の水、双六の賽、山法師” は白河院の言葉です。

written by sakuragai6

5 月 10

p4080005.JPG20080408_005.jpg080427_1527541.jpg

2年後に亀山城の築城400年を迎えることから、亀岡市では 『光秀サミット」

が開かれました。      そこで光秀が落命した明智藪や首塚、胴塚など

をまとめてみました。

写真は左から胴塚(胴を埋めた場所、山科区勧修寺御所ノ内町)、中央が

明智藪(光秀が落命したところ、伏見区南小栗栖の本経寺のそば)右の写真が

首塚(首を埋めて供養塔を建てたところ、東山区梅宮町ー白川橋の南畔)です。

でも本当にお勧めなのは、亀岡市にある通称、光秀寺と呼ばれる「谷性寺」なのです。

このお寺は光秀が信仰した不動明王を本尊とし、信長攻撃を決意するや

「一殺多生の剱を与え給え」と祈願して本懐を遂げたそうです。

季節になると門前には明智家の家紋である桔梗の花、約50000本

が紫や、白の他に珍しいピンク色も含めて咲き誇る 『ききょうの里」 

があり、これが実に見事なのです。 

 (亀岡市宮前町猪倉、湯ノ花温泉に近いところ)

written by sakuragai6

5 月 09

20080409_215.jpg

 京都には珍しい町名や地名が多いですが、これもその一つです。

 場所は何処かおわかりでしょうか。

 東山区祇園末吉町で (大和大路四条上ル二筋目東入)

 飲食店の立ち並ぶ地区です。

 名前の由来は判然としませんが、近隣の方の話では、二つの異なる説に分かれました。

 ①鴨川の処刑場へ向う馬に乗せられた目隠し状態の囚人が通過したからとの説

 ②附近に蔵が多く、クラがなまって暗がりになったとの説。

 個人的には、前者が史実に近いような気がするのですが、あなたはどう

 思われますでしょうか。

written by sakuragai6