冥土からこの世への戻り道   嵯峨 薬師寺

小野篁 (オノノタカムラ 802年~852年) が六道珍皇寺の井戸から毎夜、冥土通いをして閻魔大王に仕えたという伝説は有名ですが、朝になると嵯峨六道町の福正寺(現薬師寺に合併)の空井戸から現世に戻るのを常としていたそうです。    あるとき地獄に行った小野篁は、猛火のなかで苦しむ亡者を救い、その身代わりとなって焼かれている地蔵菩薩の慈悲の姿を見てその尊さに打たれ、この世に戻ってから、早速、地蔵尊を彫刻し冥土の出口にあった福正寺に祀りました。   冥土からこの世に戻ることを「生まれる」ととらえ、そこが「六道」からの出口であることから、この出口を「生六道」といい、この地蔵菩薩は生六道菩薩と呼ばれるようになりました。   珍皇寺の「往きの井戸」は一つですが福正寺の「帰りの井戸」は何故か七つもの井戸が竹やぶから発見されたそうです。  (福正寺にあったと言われる空井戸は、残念ながら現在は残っていません)            また薬師寺の本尊は弘法大師が嵯峨天皇の命により神護寺で彫刻した心経秘鍵薬師如来といい秘仏として祀られています。   もう一つの寺宝としては船上阿弥陀三尊像があります。  恵心僧都が生身の阿弥陀仏を拝することを願って清涼寺に7日間参籠し祈念されると満行の日に高貴な尼僧が現れ,その導きによって、紫雲の中から船に乗った阿弥陀三尊が姿を現し、観音勢至菩薩が魯や櫂で雲の波を漕いで西の空へと去ってゆくのを拝することができたそうです。   僧都はこの感動を後世に伝えようと、阿弥陀三尊の像を彫刻し当寺にのこされたといいます。

(写真説明)   上は薬師寺の正面入り口     下、中央は生六道地蔵菩薩、左は小野篁像、

          右は聖徳太子像

(場所)      右京区嵯峨釈迦堂藤之木町46  

(ご注意)     通常は非公開になっています。

 

                      

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冥土からこの世への戻り道   嵯峨 薬師寺 への2件のコメント

  1. augustaugust より:

    空井戸が七つもあった~なんて驚きです。
    入り口と出口は違ってたんですね!!!!!

    菩薩様、いい感じの光があたって
    穏やかぁ~な気持ちになりますね。

  2. sakuragai6 より:

    augustaugustさま

    梅原猛先生の解説によれば、七つの井戸のうち六つは六道輪廻の仏教の思想(六道には地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの世界)から、それぞれの世界に通じているのであろう、そしてもう一つは六道を超えた仏の世界からの出口であろうということです。  そしてそれぞれの井戸の後ろには石の地蔵があったそうです。
    七つの井戸を七つの地蔵さまが番兵のように守っていて、間違って冥府から帰る人間があると、地蔵さまは「ここから出てはいけないよ」と優しく諭して追い返していたのかもと。    面白いですね。

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