10 月 07
淀地区には新旧二つの城が築かれていました。 一つは京阪電鉄「淀」駅の北側にあり、いまなお本丸の石垣と内堀の一部が残っていて、かっての姿をとどめています。 もう一つは淀君ゆかりの城でそれは淀駅のそばの淀城址から北へ約500m離れた納所(のうそ)にあつたと推定されています。 前者は徳川秀忠(二代将軍]が元和5年(1619)の伏見城の廃城に伴い、新たに桂川、宇治川、木津川が合流して淀川となる水陸の要衝であるこの淀の地に築城しました。 竣工は寛永2年(1625年). 秀忠、家光父子は上洛の途次にこの城を宿所にしています。 その後、享保8年(1723)春日局の子孫である稲葉丹後守正知が移り,明治維新までの百数十年間、稲葉家が淀藩主として居城にしました。 一方、納所にあった城を豊臣秀吉が淀君(茶々)のために修築したのが淀古城で(文録3年[1594]に廃城)、ところは納所小学校北の妙教寺一帯といわれ、学校とお寺の間を流れる川が濠の跡を偲ばせています。 妙教寺の境内には淀古城址の石碑があります。 慶応4年(1868)年、鳥羽伏見の戦いで、東軍の砲弾が妙教寺本堂の外壁と内陣の柱を貫通,さらに方向を変えて壇の下の羽目板を割った、その弾痕がいまもはっきりと残っています。 お寺には、その砲弾(不発弾の由)が保存されているそうです。 なお、観光寺院ではありませんが、前日のアポイントによりご住職に案内をして頂きました。
(写真説明) 上から妙教寺正門、淀古城址の石碑、 京阪淀駅そばの淀城址(石垣と内堀)、
淀城址の石碑










10 月 7th, 2008 at 9:16 PM
歴史上の疑問の一つに秀吉は、あれほど女好きだったのに淀君だけが子を産んだ。
桜貝先輩はどう推理しますか?
10 月 7th, 2008 at 11:42 PM
Mitsuo Sakakibaraさま
淀君以外に実子がいないことから、秀頼が秀吉の実子ではないとする説もあるようですし、また羽柴秀勝(長浜時代の側女との子)の実在を疑う研究者も多いようですね。
私は秀吉自身が子供のできにくい体質であったのではないかと考えます。
でもどれが真相なのかは全く判りませんので、それぞれの人がそれぞれに推理する
ところにロマンがあって面白いのかもですね。
10 月 11th, 2008 at 9:36 PM
戦国時代の最も悲惨な出来事は落城だったとか。淀君はその悲劇を3度も人生で経験した女性です。1度目は実父を叔父に殺され、2度目は義父と実母のお市の方を失い。
その2度の落城の後に執行者の秀吉の愛人にさせられる。親子ほどのも年に違う秀吉。
かつては母の家臣で母に思いをよせていただろう秀吉。男は若い頃に思いを寄せていた女の娘に弱い。若い頃の思いが先走り自分の老いを忘れてしまう。
そんな老人を欺く度胸が淀君には備わっていたと考えても不思議ではないでしょう。
たとえ相手が天下人、太閤秀吉でも。
秀吉も天下を取ってからは若い頃の理性を失っていた。
ねねは全てを知って沈黙していた。
10 月 11th, 2008 at 11:17 PM
Mituo Sakakibaraさま
うんちくに富むコメントを有難うございます。
好色の秀吉には正妻、北の政所の他に16人もの側室がいながらオール産まずめだったのに、淀君だけが秀吉のタネを宿して 愛を独占し地位と勢力を確固たるものにできたのは女冥利につきることでしょう。 一方、秀吉晩年の朝鮮出兵は長子鶴松を失った悲しみをまぎらすためだったともいわれているようですね。
妙心寺の玉鳳院には鶴松の廟や織田信長、信忠の石塔がありますので、次回公開時にはぜひ見たいと思っています。
10 月 12th, 2008 at 5:54 PM
桜貝先輩、いつも優しいコメント有難うございます。
養源院に行くと浅井長政、お市の方から始まる淀の方の家系の位牌が並んでいます。だが柴田勝家の位牌はありません。
血天井より、こちらの方が私には興味深く思えます。
女はしぶとく強く、恐ろしい。
関東の寅さんは、こう思います。
10 月 12th, 2008 at 7:32 PM
Mituo Sakakibaraさま
そうでしたね。 よくぞご指摘いただきました。
淀君の母、お市の方は秀吉に攻められた勝家と共に自刃していますのにね。
10 月 13th, 2008 at 5:40 PM
血縁はないので浅井家の寺には位牌がないと思いますが。
血は水より濃いって誰の言葉でしたっけ?
10 月 13th, 2008 at 9:53 PM
Mituo Sakakibaraさま
西洋の諺からきているようですが、具体的に誰の言葉かは不詳です。
若しどなたかご存知の方がおられましたら、ご教示ください。
10 月 14th, 2008 at 8:46 PM
血は水よりも濃い(ちはみずよりもこい) 血筋は争われず、他人よりも身内の繋(つな)がりの方が強い。 類:●他人より身内●Blood is thicker than water.
ど~も英国の諺のようです。
10 月 15th, 2008 at 5:26 PM
Mituo Sakakibaraさま
私の英語の先生が教えてくれました。
スコットランドの文豪サー・ウオルター・スコットでした。
彼の作品 ” Guy Mannering ” (1815) が出所だそうです。
10 月 15th, 2008 at 9:38 PM
有難うございました。私は検索エンジンで調べたものです。
スコットランドの文豪サー・ウオルター・スコット、読んだ事ないです。
私の好きな外国の文学は、フランスのビクトル・ユーゴー「ああ無情」です。
ジャンバルジャンの物語。ジャンギャバンの演じた映画が好きでした。
「レ・ミゼラブル」とも称します。