紫式部の本名は・・・

王朝文学の最高傑作 『源氏物語」の作者 『紫式部」の本名は、先ごろ亡くなられた考古学者の角田文衛博士によれば権記(藤原行成の日記)や御堂関白記(藤原道長の日記)を勘案して藤原香子(たかこ) と推定されています。    

事実のほどは別として堅苦しい女官の呼び名よりもなんとなく庶民的な親しみの持てる感じがしませんか。

また盧山寺(紫式部の邸宅址、執筆の地)には次のように歌碑の解説がなされています。

「紫式部は、越後守・藤原為時の娘で、名は香子と言ったらしい。  生年は天延3年(973年)頃、没年は長元4年(1031年)頃と推定される。  夫、藤原宜孝の卒後、中宮・彰子に仕えた。    中古三十六歌仙の一人とされ、大作「源氏物語」のほか紫式部日記、紫式部集といった作品がある。  その文名は遍く知られており、ユネスコによって、『世界の偉人」の一人に選定されている。』  

ところで紫式部には物語作家、歌人、宮廷女房などの顔 (顔と言えば身近には日本銀行券の2000円札の裏面にも登場しています。) があり ますが、その凄さを感じるのは源氏物語の作品の中で最も重要な和歌795首もが人物ごとに作りわけられていることです。 

 ここで二つの「百人一首」に選ばれた紫式部自作の和歌を二首(新古今和歌集)とりあげてみました。

 めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月かな (小倉百人一首)

 曇なく千年にすめる水の面にやどれる月の影ものどけし  (平成新選百人一首)

 ときあたかも源氏物語千年紀、日本人の心のふるさと、ともいえる古典文化を見直す良い機会ではないでしょうか。

 ( 写真説明 )   上は盧山寺の 「源氏の庭」

             下は土佐光起の[紫式部像]

 

sakuragai6 の紹介

京都を愛する、ロマンティストの男性シニアです。
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紫式部の本名は・・・ への2件のコメント

  1. ヘルブラウ より:

    ひらがな文学の創始者、恋愛物語(ロマン小説)世界的先駆者、すばらしいご先祖様である紫式部の本名が香子、
    読みはたかこでも文学の香りがするお名前ですね。
    清少納言は藤原姓ではなく梶原?だったということはございませんか?
    またお時間がございましたらお教えくださいませ!

  2. sakuragai6 より:

    ヘルブラウさま

    いつもコメントを有難うございます。
    本名は清原諾子(きよはらのなぎこ)で康保3年(966年)ごろ生まれたとされています。  父の清原元輔は歌人で『後撰集」の選者です。
    一条天皇中宮定子に仕え、清原姓に因んで清少納言と呼ばれたそうです。
    ただ本名については根拠に乏しく、つまびらかではないようです。

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