8 月 21 2008

「 源氏の庭 」    京都府庁の屋上庭園

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地球温暖化対策のひとつとして、屋上の緑化が都市のヒートアイランド現象の緩和などに効果があることのPRをかねて府庁では2号館の屋上(約600平方メートル)を緑化して一般に公開しています。   この施設『京てらす』は 「源氏の庭」 と銘打って源氏物語に登場するゆかりの草花12種を植えています。  具体的には、なでしこ、ききょう、おみなえし、やぶかんぞう(藪萱草)、ほおずき、べにばな、わらび、われもこう(吾亦紅)、ふじばかま、すすき、きく(野紺菊)、しおん等です。

源氏物語の「花の庭」は城南宮の神苑 (100余種 )や平安神宮の神苑などにもスケールアップで見られますが、官庁と侮るなかれ、他にも見所があるのです。   京都府庁の旧本館は重要文化財で現役の官公庁建物としては最古のものなのです。   また敷地内には京都守護職屋敷跡の碑が正門を入り直ぐ右にあります。  更に左側には京都慶応義塾跡の碑があります。 福沢諭吉がここに分校を設けていたのも意外に知られていないようです。

 

(場所)   上京区下立売通新町西入る

(公開日時)  月曜日~金曜日  9時から17時(11月~2月は16時閉場)

(見学]    自由 (無料)

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8 月 18 2008

白河院並びに法勝寺跡

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白河院はもと藤原良房の別荘で、北家藤原氏によつて代々受け継がれてきましたが、藤原師実の時、白河天皇に献上され承保2年(1075)に天皇によって、この地に法勝寺が建てられました。 法勝寺は尊勝寺、最勝寺、円勝寺、成勝寺、延勝寺とともに六勝寺と総称された寺で東は岡崎道より300m東、西は岡崎道、南は動物園の南、北は冷泉通りより50m南に囲まれた広大な寺域を有しました。 中でも八角九重塔は壮大な高塔だったようです。 その後地震や火災によって焼失して今日にいたっています。  現在は主に私学共済事業の宿泊施設として利用されていますが、外観の印象(敷居の高い料理旅館風のイメージ)とは異なり、意外に手軽に利用のできる穴場的な存在です。  ちなみにお昼の食事は松花堂弁当(3,300円)湯豆腐会席(3,500円)ミニ会席(4,400円)ですが、お茶だけでもOKです。 東山を借景にした七代目小川治兵衛の池泉回遊式庭園と近代建築の雄、武田五一の数寄屋造りの建物をめでながら、安らぎのひとときを過ごすのも悪くないと思います。

(場所)    左京区岡崎法勝寺町16

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8 月 16 2008

伏見奉行所址と酒蔵デザインのマンション

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御香宮神社の南に当たる一帯は江戸時代に設置された伏見奉行所のあったところです。  伏見奉行所は徳川幕府の出先機関で主に伏見の民政をつかさどり併せて宇治川の船舶の監視にあたりました。  また京都御所の警護や西国大名の監督にもあたったので、京都町奉行より大身の者が選ばれ元和9年(1623)に茶道、造園家としても有名な小堀遠州(政一)が初代奉行に就任しました。  ここが史上、有名なのは慶応4年(1868)の鳥羽伏見の戦いで新撰組が立てこもり薩長軍と激戦を交えたことによります。  明治になってその址に十六師団工兵十六大隊の兵舎が建ち、第二次大戦後はアメリカ軍に接収されていましたが、日本に返還された後、市営住宅が建設され今日に至っています。   鉄筋コンクリート構造ですが写真のように酒蔵風のデザインを取り込んだ景観保全が図られていて、酒造業の盛んな伏見地域にマッチした配慮はユニークで好感が持てますね。

(写真)  上は伏見奉行所址の石碑  下は市営桃陵団地

(場所)   伏見区讃岐町 

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8 月 13 2008

大文字五山送り火のスタディ

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                                          五山の送り火は毎年8月16日に行われるお盆の行事であり、京都の三大祭りとともに京都の四大行事ともいわれています。  その起源は空海、足利義政、或いは近衛信伊が創始者とする説もありますがいずれも俗説の域をでません。 先祖を迎える精霊迎えは、珍皇寺や千本閻魔堂での六道詣りが、また精霊送りは矢田寺の送り鐘がポピュラーです。      東山の如意ケ嶽の「大文字」(午後8時)から始まり松ヶ崎西山・東山の「妙・法」(午後8時10分)西賀茂船山の「船形」(午後8時15分)金閣寺近くの大文字山「左大文字」(午後8時15分)、嵯峨鳥居本の曼荼羅山の「鳥居形」(午後8時20分)の順に点火されます。          なお妙・法は南無妙法蓮華経の中の二字ですが「妙」が先(鎌倉末期)に作られ「法」が後(近世初期)に作られています。   妙・法の二字が同時に作られたものでないことは、妙が法の左に画されていること(読みの順序が右読みでなければならない)からでも推定できます。    かっては五山のほかにも市原野の「い」、鳴滝の「一」、西山の「竿に鈴』、北嵯峨の「蛇」、観音寺村の「長刀」などの字形があったようです。 

「船形」 は西方寺で鳴らす鐘を合図に点火されますが、他の山も除夜の鐘のように寺院が一斉に送り鐘を打つようにすれば荘厳な気運が一段と盛り上がって京都の夏の風物詩にいろどりを添えることになるのではないでしょうか。

 (写真はKyoto visitor‘s guide 8月号からお借りしました)

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8 月 12 2008

オミナエシの花が満開の里山

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京都市の西の端・右京区嵯峨越畑はかやぶきの民家が点在して、のどかな里山の風景をみせてくれます。 越畑は市の中心部から北西約20キロ,地蔵山の中腹にあります。 愛宕山の腰にあることから「腰畑」と呼ぶようになったともいわれます。   およそ800枚の棚田がひろがるこの地域は、ただいま約10万本のオミナエシが満開で、棚田の帯とのコントラストが鮮やかです。

秋の七草のひとつ「女郎花」。まるで黄金のカーペットを敷き詰めたようですね。  お盆を飾る切花として御用達になることでしょう。

「女郎花しをるゝ野辺をいずことてひと夜ばかりの宿を借りけむ」 源氏物語 (夕霧の巻)

「霧ふかきあしたの原の女郎花こころをよせて見る人ぞ見る」     同上  (総角の巻)

(越畑への道)    JR山陰本線 八木駅からバスで約30分

         嵯峨鳥居本から(水尾、保津峡経由)車で約30分

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8 月 11 2008

淀川水系の三景 「花火、ツバメの大群と澱川橋梁」

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① 宇治川花火大会(8月10日)。 真夏の夜空を彩る炎の舞は心を弾ませるひと時ですね。  今年のテーマは源氏物語でした。(写真上)  落下するススを振り払いながら見上げると月も、光と炎に包まれて赤や黄色に変化します。  そういえば昨夜(9日)の月は雲の中から現れる仏像の形をした珍しい月でした。(車で走行中だったため写真が取れなかったのが残念)

② ツバメの大群が向島・宇治川左岸の河川敷のヨシ原に集団でねぐらを作り、日没時には猛スピードで飛び回り見事な光景を演出してくれます。  その数はおよそ3万羽で国内で最大級の規模と言われています。  写真(中)を拡大クリックして見てください。 ほんの感じだけですが情景の一部を垣間見られるかと思います.                                                                                                       ③ 近鉄の澱川(宇治川)橋梁は日本の私鉄では最も高い橋梁です。 (高さ24.4メートル、支間164.5メートル)  場所は観月橋の西側です。(写真下)

 

   

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8 月 09 2008

聚楽第の跡地に建つ松林寺

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松林寺の本堂は門から石段を下がって2mほど低い位置にあります。 また墓地は更に1m余り低くなっています。  これは

この一帯が秀吉が造営した聚楽第の外堀であった名残なのです。    このお寺は通称「やす寺」と呼ばれる浄土宗の寺院で本尊の阿弥陀如来は聖徳太子作と伝えられています。   開基の清印上人が重病の母親の回復を祈願すると、薬師如来が現れて蘇命散の薬法を授けたと言われ婦人病や安産に効果のある薬が寺で販売されていたそうです。  またこのお寺は幕末の京都、近江屋で坂本竜馬を襲って斬殺した京都見廻組の与頭、佐々木只三郎が寓居していた場所でもあります。  襲撃の後、何食わぬ顔でお寺に引き上げていたのかも判りません。     余談ですがお寺の南側の通りにある山中油店のショーウィンドーには、昭和20年6月の西陣空襲でアメリカのB29が投下した爆弾の破片が展示されています。 (当時の被害は死者50名を含め被災者は850名にも達したそうです)  時あたかも広島の原爆投下が昭和20年8月6日,長崎が今日の9日です。 意外なところで戦争の傷跡などに触れて、しんみりとさせられました。

(写真説明)  上は表門と「聚楽第南外濠跡」の石碑

         下は段差のある本堂と墓地への道

(住所)     上京区新出水通り智恵光院西入る分銅町

 

 

 

 

 

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8 月 07 2008

 15万本の、ひまわり畑

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京都府与謝野町の大きなひまわり畑が、真夏の風物詩として楽しませてくれます。   15万本ものロシアヒマワリは野田川沿いの4.6ha(甲子園球場1個分)の転作田に,一斉に大きな花を咲かせています。 大人の背丈ほどもあるヒマワリ畑の中を刈り込んで巨大迷路がつくられていて親子で楽しむこともできます。   ヒマワリといえばソフィアローレンの映画やゴッホの絵画などが思い浮かびますね。  京都市内からですと車で約2時間半と、遠距離ですが海水浴の途中にでも立ち寄ってみるのもいかがでしょうか。  近くには鬼で有名な大江山や名所も沢山ありますよ。

(場所)  京都府与謝野町四辻  KTR利用の場合の最寄り駅は野田川駅です。

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8 月 04 2008

日本を今一度、せんたくいたし申し候・・・  坂本竜馬

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タイトルの言葉は幕末の志士、坂本竜馬が姉,乙女に宛てた手紙の一節です。 ・・・ 事二いたすべくとの神願にて候。(中略)天下に人ぶつのなき事これを以ってしるべく、なげくべし・・・とつづき龍馬の革命思想が表現されています。   歴史的な転換期を迎えつつある平成の日本。 モラルの回復と混迷の政局を打開し新しい日本の担い手となるべき真のリーダーが求められる時に、まさに必然的な命題ではないでしょうか。

ご存知、竜馬は京を舞台に幕末維新の動乱を奔走し「薩長同盟」「船中八策」「大政奉還」などを実現させ日本を近代化に導いた立役者です。  慶応3年(1867)11月15日、中岡慎太郎とともに近江屋で京都見回り組によって暗殺されました。           ( いまなぜ竜馬がと、お思いの方は、旧態依然とした平成の内閣改造への憂いと受け止めてください )

「写真の説明 」   上は坂本竜馬 (享年33歳)  下は竜馬が定宿としていた寺田屋(伏見区南浜町)、 有名な「寺田屋騒動」の舞台です。

 なお現在京都国立博物館で坂本龍馬の特集陳列を開催中です。(8月31日まで) 必見のお勧めは、近江屋の2階で龍馬の死を目撃した血染めの掛け軸と屏風です。   事件の凄惨さを語る迫真の2点です。

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8 月 02 2008

さかれんげ 安養寺

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新京極の七不思議の一つ。   倒蓮華寺(さかれんげじ)は新京極蛸薬師の南にあります。 恵心僧都(源氏物語で浮舟を助けた横川僧都のモデルといわれています)が開創し、その妹の安養尼があとを継いだと言われています。    本尊、阿弥陀如来立像の台座、蓮華八葉がさかさまになっているところから、さかれんげ寺とも呼ばれています。  寺伝によると、本尊を造立の際に台座が三度も壊れるので、蓮弁を逆さにしたら無事に完成したそうです。   これは女人は業深く、その心の蓮華はさかさまであり、極楽往生ができないとも伝え、それを救うためにわざと逆さにしたという伝承があり女性の参詣が多いそうです。

( 洛陽六阿弥陀めぐり  第5番 )

 

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