京都再発見

ガス灯の相応(ふさ)う街角【京都市役所広場ほか】


京都市役所広場の「ガス灯」

みやこめっせの「ヴァラス噴水」

詳細
タイトル
ガス灯の相応(ふさ)う街角
種別
なう
場所京都市役所広場ほか
撮影日時2018年6月22日
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ポイント
京都に息づくフランス
説明
京都市とパリ市が1957年に「友情盟約」を結んで姉妹都市になってから今年で60年になる。そこで二つの京都のパリを取り上げてみた。
① ガス灯  19世紀以降パリの街路を飾っていたもので,頭部はレプュブリック広場にあり最も装飾が多い。高さ570cm、1965年に市役所広場に設置。
②ヴァラス噴水  この噴水は,イギリス人の富豪で慈善家のリチャード・ウォーレスによって,1870年の普仏戦争の直後に寄贈されたものの複製。リチャードは,戦争中のパリ市民の苦難に心を動かされ,ロンドンにあったものと同様の飲料水用の噴水を寄贈したもの。30年目にあたる1988年に複製が寄贈され、みやこめっせに設置。ほかにも市役所前広場に「モニュメント 京都広場銘板」などもある。
一方、日本からはセーヌ河畔に石灯篭を寄贈(1965年)している。

情報提供さくらがい

京の文学にゆかりのスポット【山科言継邸ほか】


戦国時代の公卿・山科言継邸

文芸に秀でた磯田多佳と画家の磯田又一郎宅

志賀直哉寓居

詳細
タイトル
京の文学にゆかりのスポット
種別
なう
場所山科言継邸ほか
撮影日時2018年6月21日
おすすめ
ポイント
歴史を身近に感じる。
説明
左京区の南禅寺界隈には谷崎潤一郎、倉田百三(出家とその弟子の作者)をはじめ日本の文学界を代表するそうそうたるメンバーの寓居跡などが点在するが過去に未紹介のスポットを取り上げる。
①山科言継(やましなときつぐ)邸
戦国時代の京都の世情を知る上で貴重な資料「言継卿記」を記した公卿。邸は流響院の北隣、墓は清浄華院にある。
②磯田多佳女宅
夏目漱石とのエピソードで有名な文芸に秀でたお茶屋「大友」の女将・磯田多佳女(養子は画家・磯田又一郎)宅は有芳園の南方にある。
③志賀直哉寓居
京都は数か所に転居しているが「暗夜行路」の著作の拠点になったのは南禅寺北の坊町の寓居である。なお山科の立原町には旧宅を示す石標「山科之記憶」もあるが、これは既に紹介済みである。 
情報提供さくらがい

山口怜子の日本キルト展【和集庵】


山口怜子の日本キルト展会場入り口

母は古布をつなぎ子に渡した

和集庵の庭

詳細
タイトル
山口怜子の日本キルト展
種別
なう
場所和集庵
撮影日時2018年6月19日
おすすめ
ポイント
久しぶりに会う作家の素顔はいつまでもみずみずしい
説明
山口怜子さんは、久留米市で天保3年から続く造り酒蔵の10代目女将。全国的にフアンが多く、海外でも評価の高いパッチワークキルト作家である。
パッチワークは、さまざまな布の小片をはぎ合わせて1枚の布とする手芸。小片の色や形を組み合わせて模様を作る。
布地に綿をはさんで縫いあわせたものをパッチワークキルトと言うそうだ。
家庭に眠る古い着物や帯などを刺し子風に縫いつなげて作品に仕上げる。
今回は残念ながら関西の大型地震に見舞われ、安全性確保のために全ての作品を見ることができないが、相変わらずダイナミックな大作には作者のエネルギーを彷彿させるものがある。場所は南禅寺の山門に近く庭も美しい会場である。
(6月24日まで)

情報提供さくらがい

亀に乗った石碑【東寺ほか】


東寺の亀趺碑

金戒光明寺の亀趺碑

仏国寺の亀趺碑

詳細
タイトル
亀に乗った石碑
種別
なう
場所東寺ほか
撮影日時2018年6月18日
おすすめ
ポイント
東寺の亀趺碑(仏頂尊勝陀羅尼碑)は神仏分離の背景がある
説明
亀趺碑(きふひ)というのは亀の台座をもつ石碑で高僧、大名などを顕彰する石碑のこと。 中国の伝説によれば亀ではなく,竜の9匹の子のうちの一つ贔屓(ひいき)であるとも言われる。
①東寺 御影堂の尊勝陀羅尼碑の下にある。 この亀(または贔屓)は重いものを背負うことを好み、甲羅の背が石塔、石碑などの土台に用いられている。特記すべきは150年前に神仏分離令により北野天満宮から移建されたこと。
②金戒光明寺
墓地に武将・石川鉄心ほか3名の亀趺碑がある。
③仏国寺
万福寺5世の高泉和尚の碑.特色は石ではなく銅製であること。
以上のほかにも京都周辺では時折散見されるので以下に主なものを参考までに記す。
比叡山の瑠璃堂(舜公の顕彰)
万福寺(隠元の碑)
法音院(本田家)
勧修寺の民家の敷地(藤原定方碑)
悲田院(永井直勝の碑)など。
情報提供さくらがい

寺院街を歩く【中堂寺西寺町】


松永久秀の墓(明恵会總墓所)

板倉勝重の木像(長圓寺)

中堂寺(中堂寺西寺町)

詳細
タイトル
寺院街を歩く
種別
なう
場所中堂寺西寺町
撮影日時2018年6月13日
おすすめ
ポイント
寺町と寺町通の区別が難しい
説明
京都の寺町といえば豊臣秀吉の政治的意図によって作り出された寺院街。一般的には寺町通(京都御苑に沿った南北に長い通りで北は鞍馬口通り、南は万寿寺通の間の約5㎞)の東側の寺院区域を指す。この他にも下寺町、裏寺町、鴨川東の東西寺町、寺之内通、御前通、中堂寺西寺町、大宮通などがある。今回は中堂寺西寺町を中心とする寺域内の点描である。
①松永秀久の墓(明恵会総墓所)
戦国三大梟雄(きょうゆう)→乱世の残忍で強い者を意味する三人の一人、他は北条早雲と斎藤道三。意外性の理由は墓地の北側を松永が寄進していること。
②板倉勝重の木像(長圓寺)
江戸初期の幕政家、京都所司代を18年間務めた。板倉が帰依して本堂などを建立。寺名は彼の法名にちなむ。
③中堂寺 
嘗ては中堂寺村と呼ばれ(東西は大宮通と御前通、南北は松原通と六条通の間)現在も中堂寺〇〇町と呼ばれる広い地名の由来ともいえる寺院。東の寺町に対して中堂寺西寺町と呼ばれたそうだ。ほかにも興味深いポイントが多々あるがスペースの関係で省いた。
情報提供さくらがい
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